One day





「で、次の新曲のPVについてなんだけど…」
 ここはとある事務所の会議室内。
 今日はここで某有名バンドHELLN(ヘルン)の打ち合わせが行われていた。
「…で、どうよ静っち。作詞者としては今回はどういうイメージがある訳?」
「んー、幕末」
「何その『幕末』って…」
「なんか今回は日本っていうか、あの時代の激しい争いの中のひと時の静けさって言うの?その静けさに秘めた強い思いが浮かんだんだよ」
「おー、良い事いうねえ」
「じゃあ、監督さんにそう伝えておくわね。後は…」
 なんてメンバーとマネージャーが和気藹々と会議をしていると。

『メールです』

『うぅおおおっ!!』
「あー、はいはい」
 いきなり言われたメール着信の音に驚くメンバーを余所に、そんなに驚かなくてもと思いながらも携帯の持主の瑞貴はメールを確認した。
「おい、一応会議中だぞ。マナーにでもしておけっちゅうの」
「ごめんごめん静、今やるから」
 メールの内容が笑えたのか、笑いながら静の言うとおりにする瑞貴。
 しかし、会議に戻ってもその笑みは消える事無く。もう一種のノロケ顔だ。
 一応曲がりなりにも会議をしているだけに、その笑みがすごく鼻につく。
 特に瑞貴の正面、ホワイトボードに立っているマネージャーには。
「…ちょっと瑞貴〜。あんた真正面から見ててムカつくのよ、そのバカ笑い!!やめなさいよ!!」
 とうとう我慢し切れなかったマネージャーが叫ぶ。
「な、何て事言うんだよ、『天使の微笑』を持つお兄ちゃんを捕まえといて〜。お兄ちゃん泣いちゃうぞ〜」
「つっか美晴じゃなくても、そう思ってたって…」
 瑞貴が泣く振りをする横で、ボソッと呟いたのはドラム担当でリーダーの疾風で。
「ミズッキーのは『天使』じゃなくって〜、オレらに言わせたら『天使のような悪魔の笑顔』なんだよ〜。ね〜美晴ちゃん?」
 と、同意を求めるのはギター担当の創真。
「ていうか疾風も創真くんも『美晴』っていうのやめてよ〜。さっきの静くんじゃないけど、これもちゃんと仕事の内なんだから。仕事は仕事、プライベートはプライベート!ちゃんと使い分けてよね。出来なかったらどうなるか皆解ってるでしょ?」
 その言葉に、皆が一瞬にして固まった。
『了解、原田マネージャー』
 畏まる瑞貴を除く3人。それに満足そうに美晴は頷いた。
「ん、よろしい。瑞貴は?」
「…は〜い」
 不承ながらも頷く瑞貴に、美晴は内心溜息をついた。
 全く、我が双子の兄貴ながら情けない…。

 そう、実はHELLNのベース担当の瑞貴とマネージャーの原田美晴は実は双子の兄妹だったりするのだ。
 本来ならメンバーと縁者関係にあるものは、私的事な事が入ってしまうとみなされ、外されるのが常な筈なのだが…。
 実の所、静の性格についていける者が事務所内で美晴以外にはいなかったのだ。そして彼にずばずばと物を言えるのも昔から彼の事を知っているだけの事がある彼女だけで。
 それで、メンバーも彼女が良いと駄々を捏ねる物だから。
 必然的に…というか仕方なく、彼女をHELLNのマネージャーに起用したという訳だった。ぶっちゃけた所、彼女が事務所に泣きつかれたという方が正しいかもしれないが。
 まあその点、制約という物があって。
 身内の事を持ち出して、それが仕事に悪い影響を及ぼすようなら美晴をマネージャーから首にする、つまりそれが嫌ならちゃんと仕事してよねvvという社長からの優しい思し召しだったりするのだった。
 それでこの数年間何とか今まで持っているのだから、美晴の腕は確かな物なのだろう。

 まあ、その後何とか順調に仕事をこなして。

 一息ついた所に静が瑞貴に問いかけた。
「なあ、あの時のメールって何だったんだ?」
「え?」
「あーそれオレも気になってた」
 それに創真も輿に乗って。
「最近、彼女出来たって話も聞かないしね」
「おい、今仕事中じゃないのかよ美晴」
「今は休憩中だからいいのよ。そうそうあと30分位したら雑誌社からインタビューが来るから。皆しっかりアピールしておきなさいよ?」
 はーいともへーいともつかない返事が飛び交う。
 そして、矛先はやっぱり瑞貴のにんまりの理由で。
「で、結局誰からだったんだ?」
「は、疾風まで…」
 一番そういう事に興味が無さそうな疾風にまで言われ、瑞貴は苦笑った。
 そして、次にその問題の相手の名前を瑞貴が口にすると。

『ッ、えええええっっっ!!』

 今度は美晴までもが一緒になって、叫び声をあげた。
「それって〜、まさか『あの』アイツだよね!?」
「うん、そう」
「お前がタバコ買いに行くっていったきり迷子になった時に、道案内してくれたアイツ?!」
「静の言う事が図星だから言い返せないけど、そう。昔逢った『あの』アイツ」
 創真の言葉に頷き、静の言葉に釈然としないながらも頷いた瑞貴。
「えー、いいなあ。あたしも会いたかった!何で教えてくれなかったのよ!!」
「だって、お前ここ2・3日事務所に缶詰で帰ってこなかっただろ〜?」
「だからって、別にメールで教えてくれたって良いじゃない!!」
「あ、そっか!頭良いなあ美晴!!」
「…馬鹿だろ、お前」
 見飽きた兄妹の漫才に疾風が言葉を漏らすと、それを聞きつけたのか瑞貴が振り向いた。
「あっれ〜?今頃気付いたの、はーちゃん?」
 繰り出されたのはメンバー曰く『天使のような悪魔の笑顔』で。
「はーちゃんって言うな…」
 疾風は重苦しい溜息を吐いた。
 それを見ていた瑞貴はふと気が付くと、思ったことをポツリと口にした。
「つーか、俺みんなに言ってなかったっけ?アイツに逢ったって事」
『言ってない!!』
 皆に一斉に言われて瑞貴は一瞬凹んだ。

 そこまでメンバーと美晴が言うのは無理がなかった。
 何しろ、瑞貴とメールをしていた彼。
 たった数ヶ月しか共にしていなかったが、彼らの内では暗黙の了解で殿堂入りを果たしている程の大切な人なのだ。
 以前美晴が驚きながらも持ってきた自分達も載っている音楽雑誌に彼が所属しているバンドの紹介が載っていた時から、彼らの中で彼への思いが再燃して。自分達から彼を探してみようか?なんて話していた矢先の事だったのだから。

「そ、そんな皆一斉になって言わなくても…」
「オイ、瑞貴」
 イジイジする瑞貴に近寄った静が声をかける。
「何、静?」
「お前、さっきメール見てたって事はアイツとアドレスと番号交換したんだな?」
「あ?ああ、まあ一応」
「教えろ」
 ドスの入った声で言われて、瑞貴は一瞬解らずに聞き返した。
「え?」
「だから、アイツのアドレスと番号教えろってんだよ」
「あーあたしもあたしも」
「俺にも〜!」
「…俺も」
 静に続いて他の者全員の要請というか脅迫に瑞貴はパニックになる。
「や、そんないっぺんに言われてもね。一応アイツの許可取ってからじゃないとね?」
「じゃー、今すぐ連絡してよ」
「はい」
 今度は美晴の一声で、瑞貴は彼にメールを打った。そして送信。
 返事が返ってくるまでの時間のその間の沈黙と非難の目が恐かった事恐かった事。
 『早く来い、早く来い!!助けてくれ〜!』
 瑞貴は必死に願った。
 間をおいて返ってきたメールを見て。
「『構わないですよ?』って」
「っしゃ、教えやがれこの野郎!」
 彼からの了承の言葉を瑞貴が口にした途端、彼の元から静が携帯をぶん取った。
「ああっ、やめてっ。僕のケータイさんがぁっ!!」
「うるさい、お前の携帯なんてどうだっていいんだよ!」
「少なくても、このメルアドと携番を皆が知るまでは大丈夫だから安心しなさい瑞貴」
「諦めろ」
「疾風くんに同じく〜」

 俺の存在って一体…。

 瑞貴がそんな事を考えていると。
「あ、あのー、原田さん。雑誌社の方がお見えになったんだけど…」
 その場の雰囲気に飲まれおずおずと声を出したのは美晴の同期で。
「へっ、もう来たの?」
「なんか、あちらさんが言うには前の取材が予定より早く終わったようでね。もう皆準備の方は出来てるの?」
 記者の早い到着に驚く美晴に同期の男性は「通しても良い?」と暗に声をかける。
「みんな、準備は良い?」
 美晴が振り向くと。
 既にそこには先程の雰囲気なんて微塵も感じさせない、全く持って真逆の雰囲気の彼らの姿が。ソファーに座りTVでお馴染みのゆったりとくつろぐその姿は落ち着いた空気そのものだった。
 この事務所内で彼らは『猫かぶりバンド』と余り嬉しくないけれどもこんな異名も貰っているのだ。
『どうぞ』
 そういう彼らに慣れっこの美晴はにっこり笑い。
「OKっ!あ、じゃあお願いします」
 そう同期の男性に声をかける。同じく慣れっこの男性は苦笑いすると「了解」と言い、記者を呼びに部屋から離れていった。

「なあ疾風…。俺って一体どういう存在なのさ?」
 そろそろ記者もこちらに来るというその時に、隣に居た疾風に瑞貴は問いかけた。
「なんかもう俺『弄られキャラ』っぽく思われてない…?」
 思われているどころかむしろ既に瑞貴は『弄られキャラ』に確定済なのだが。
 彼の事を考えてあえて疾風は心の内に抑えて言わないことにした。
「ま、まあそんなに気にするな。『弄られキャラ』も結構オイシイ物だぞ」
「えー」
「逆に言うと弄られるって言う事はそれだけ好かれてるって事なんだぞ?良かったじゃないか」
「うん…、そう思っとくよ」
「お前はそのままで良いんだからさ」
 隣に居るリーダー兼幼馴染の言葉は瑞貴の心にじんわり染み渡る。
「かと言って〜、あんまし調子に乗られても困るよね〜」
 瑞貴が感動している横で創真が揚げ足を取る。
「うるさい創真!人がせっかく心温まってるってのに!」
「フォローする身になれってんだよ、なあ美晴さん?」
「そうよねえ静くん」
 それに抗議する瑞貴の神経を逆撫でする静と美晴。
「うるさいぞ、そこ!!全く年下の癖にお兄ちゃん虐めするだなんて!全く持ってお前ら年下と言う自覚が無いぞ」
「瑞貴…、お前の場合年とかじゃなくって性格の問題なんだと思うんだがな」
 説教し始める瑞貴の脇でまたも疾風が痛恨の打撃を与えた。
「疾風まで〜」
 情けない声を上げる瑞貴に皆が笑う。

 コンコン、と扉をノックする音が聞こえ。
「さ。美晴ちゃんの言葉通り、しっかり新曲のアピールでもしようじゃないの」
 『猫かぶり』モードの創真の言葉に皆頷きながら、「失礼します」と扉を開け入ってくる記者との対談に備えたのだった。

END...

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 書けた…、やっと書けたよおネエちゃん!!
 ずうっとずうっと暖め続けて、ようやく陽の目を迎える事が出来ました(感動)当初とは設定が大分変わってしまったんですが、本質的なものは変わって無いッす。
 だって、元は天使と悪魔だから『HELLN』ってつけてたんですもの…。天使悪魔モノはあれで充分です(苦笑)

DATE:2003.07.24   RIO KANOYA

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up:2003.07.24(2004.08.10 地味に加筆修正)
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