瑞貴君の災難な日常。
事件は極自然に、そして唐突に起きた。
「あれ、ミズキは?」
リハーサルも終了して。あとは本番を待つばかりといった時なのに、瑞貴の姿が居なかった。
電話を話し終えた美晴がきょろきょろと辺りを見回しても彼の姿が無くて。
「さっき、そこら辺でピックでお手玉してなかった〜?」
「い、いないわよ…」
嬉しそうに携帯を弄りながら言う創真の証言に頭が痛くなりながらも美晴は返した。
その後、暫く辺りを探してみても瑞貴の姿は見当たらない。
「ったくっ、ドコ行ったのよ!あの万年人騒がせ男は〜っ!!」
と、美晴が絶叫していた所にリハーサルに行っていた疾風が帰ってきた。
彼女の隣で創真が怯えているのを見て、何となく状況を図ってみようと試みたが先に美晴に気づかれてしまった。
「あっ、はー君バカ見なかった?」
「ステージは見なかった」
ちなみに『バカ』というのは言わずとも知れた瑞貴の事である。
『バカ』で通じてしまう所がまた彼のポジションが如実に解ってしまう。
「まさか…迷った?」
「いや、そんな訳無いだろう今日の会場は小さいんだから」
「トイレに行ってるとかは〜?」
「トイレ、ね〜。だと良いんだけど…」
そこへドコに行っていたのかやって来たのは静。疾風を見るとニコッと笑ってそれとなく彼の隣へと進んでいった。
「どうかしたんすか?」
と、美晴に聞いては見たのだが。今この瑞貴以外のいつものメンバーが揃っている状態に状況理解に聡い彼は解った様だ。
「なんだ、瑞貴が迷子か。トイレには居ないっすよ?」
「え、何で〜?」
「今さっき俺が行ってたから」
「そですか…」
「って、あー!!迷子決定だわ…」
創真の問いに答えを返す静を見ながら、美晴は頭を抱え込んだ。
「みぃ、落ち着け…」
「これが落ち着いていられる?本番まであと何時間だと思ってるの?!全く気がついたら居なくなるんだから、あのバカはーーーっ!!」
断崖が似合いそうな程の声で叫んだ美晴は、ある意味ボーカルの静を凌ぐ声量の持ち主だ。
その声にわらわらと引き寄せられた、黒服ガードマンのお兄さんたち。
「どうしたんですか、原田さん!!」
「あはっ、何でもないですよ。ごめんなさい、皆さん」
その言葉に安心して帰っていくガードマン。
「で、問題はあいつは今どこに居るのかって事よ」
今さっきとは別人の美晴の対応に苦笑うメンバーたち。
何を隠そう、『猫かぶり』が得意なのはメンバーだけではない。
「あいかわらず切り替え早いっすね、美晴さんは」
「ふっ、そうでもないとバカの相手は務まってられないわ」
静の言葉に勝ち誇る美晴。
「それはいいとして、これからどうするんだ?」
「ああ、そうね。どうしよう、私たちここから身動き取れない…ていうか、これ以上あんた達に身動かれたら堪ったもんじゃないし…」
「それにここは初めての場所だから、誰かに迎えに行かそうにも…」
「あ、あのね皆…」
『何?』
創真の言葉に振り返る皆。
「実はね〜、ここ俺の親戚が居る所なんだ…」
「え、そうなの!?」
「うん〜、でね、みずっきーが迷ったってその事メールで話したら〜、見つけ次第届けてくれるって〜」
「でかしたわよ、創真君!!」
「うん、よくやった」
ほっと胸を撫で下ろす3人だったが、静は何故か浮かない顔をする創真に気づいた。
「どうした?なんか、変な顔してるけど…」
「え、あ、…別に」
いつもはニコニコしている創真が、途端不機嫌になった。
「さ〜、皆本番まで時間無いしぃ〜。それにしずかっちとハヤテ君はコメント撮りがあるんでしょ?」
笑って言う創真だが、腹の底まで笑っていない。
珍しい事に3人が皆驚いていた。
「ああ〜、参った。調子に乗って外出るんじゃ無かったよ…」
瑞貴はライブ会場近くの公園のゴミ箱の陰に隠れて項垂れていた。
あの時、会場探検とか言いながらついついうっかり外に出てしまった瑞貴。これまたうっかりファンと鉢合わせし、追いかけてくるファンを振り切るため走り回っている内に道に迷ってしまったという次第である。
ただでさえ、迷子の常習犯なのにこれ以上道に迷う訳にはいかない。
開演まで時間もそう無いし、もみくちゃ覚悟で飛び出して場所まで案内してもらおうか…。
ライブ前の皆って殺気立ってるからな…。
幾ばくかの心配を持ちながら、瑞貴は陰から身を出した。
「あの…」
「キャーー!!MIZUKIよーーっ!!」
「MIZUKIーー!!」
「ちょっと、道ぅをっ」
…案の定、瑞貴はもみくちゃにされた。
ここぞとばかりにベタベタと触りまくるファンの子達。
ああっ誰だ、俺の大事な所触るのっ!!
もう、俺お婿にいけない…
泣きたくなる瑞貴をよそに尚もファンたちは瑞貴に接触を試みようとする。
瑞貴は段々どうでも良くなってきた。
そんな時だった。
「カズキお兄ちゃん!!」
…え?
きゃあきゃあと騒ぐファンの声の中、誰よりも通る声が瑞貴に届いた。
「ちょっと、カズキ兄ちゃん間違われるの判っててまた、そんな服着てくるんだから!!」
いきなり訳の解らない言掛かりをつけられて呆気にとられている瑞貴に、その声の女性はファンの子達を押しのけ瑞貴の手をがっと掴む。そしてくるっと辺りを見回すと、瑞貴が口を開こうとする前に言葉を発した。
「ごめんなさい、皆さ〜ん。この人よくHELLNのMIZUKIって〜言われちゃうんですけど〜、別人なんですよ〜。ほらカズキ兄ちゃんも謝って!!」
あはは〜と周りに弁解する女性。
「な、何言ってるのよ。こんなに似てる人が別人な訳無いでしょ!?」
という、ファンの声にも。
「え〜、違いますよ〜。だって考えてみてくださ〜い?こんなライブまで後何時間も無いのに〜、こんな所ほっつき歩いてるバンドのメンバーなんて有り得ます〜?」
何処吹く風の対応の女性。
その言葉は瑞貴の心にさくっと止めを刺し、ファンの子達を渋々納得させた。
「さ、行こうか〜。カズキ兄〜」
ファンの子達が公園からほぼ居なくなった頃。
女性は握ったままの瑞貴の手を引き、人気の無い道を歩き始めた。
促されて歩く瑞貴。
「あ、ありがとうね。あれ、ファンの子達を追い払うためにやってくれたんでしょ?」
「いえいえ〜、でも中々モノだったでしょ?やっぱ、昔取った杵柄ですかね〜。元演劇部を舐めんなって感じですよ〜」
瑞貴が礼を言うと、あはははと笑うその女性。
「でも〜。ミズキさん幾ら初の場所だからって〜調子に乗って迷っちゃ駄目じゃないですか〜。メンバーさんとかマネージャーさんとかきっと怒ってますよ〜?」
痛いところを突かれて、今度は瑞貴が空笑いする。
「あははっ、これは痛いトコ突かれたな〜」
その内人気が無い所か、ここは本当に人が通っても良い所なのだろうかと、疑いたくなるような道を彼女は進み始めた。
「ね、ねえ。ここ、道合ってるんだよね?」
「あ、大丈夫ですよ〜。ちょっと怪しいですけど〜、ここ近道なんで〜心配しないでくださいね〜。ミズキさ〜ん」
瑞貴の問いに軽く答える彼女。
その言葉に、どうやら地元の人らしいという事が知れる。
はぐれない様にと自分の手を引きほてほて歩く、自分より頭一つ分は小さい彼女を斜め後ろから見ながら、瑞貴はある錯覚に囚われていた。
口調といい、この歩き方といい。彼女はどうにもウチの創真を彷彿させる。
もしかして親戚か何かなのかな〜とぼんやりと思っていると。獣道っぽい所から、開けた所に出てこれた。しかも、会場の裏口どんぴしゃり。
「ね〜、着いたでしょ〜?」
「あ、うん。ありがとう」
「それじゃ、あたしはココで」
「あ、ちょっと待…」
瑞貴の声に耳を貸さず、そのまま獣道に消えていこうとする彼女だったが。思い直したように振り返った。
「あ、そうだ」
「何?」
「創真兄に伝えといてください〜。『たかが手を繋いだ位でヤキモチ焼かないでよ』って」
「え、それってどういう…」
「あ、後『ライブ終わったら電話してね〜』も言っといてください〜」
「え、あ、ちょっと!!」
「あはは〜、んじゃライブでまた会いましょうね〜」
そう言って、名も告げず彼女は獣道に消えて行った…。
「原田さん!ミズキさんが帰ってきました!!」
「本当っ?」
ガードマンの声に今までブラックホール背負ってカリカリしていた美晴の顔が煌めいた。が、すぐにお馴染み青筋が額に浮かぶ。
「あ、ただいま…」
「瑞貴!!あんた…」
申し訳無さそうに入ってきた瑞貴を美晴が怒鳴ろうとした時、すっと美晴の前に創真が立ちはだかった。
「みずっきー、お帰り〜」
口調はいつものままなのに、目が笑ってない。
珍しい事と、いつにない恐怖に瑞貴の顔は引き攣る。
「え、あ、うん…ただいま…」
「連れてってもらった子、俺に何か言ってた〜?」
「え、何で知ってんの?!」
「その子、創真の親戚なんだってよ」
驚き慄く瑞貴に静が助け舟を出す。
やっぱり彼女は創真の血縁だったらしい。
創真といい、彼女といいあの言動は血のなせる業なのだろうか。
「あ、そうだったんだ…道理で言動とか似てる筈…」
「ねえ!」
「はい!?」
「何か言ってなかった?ていうか言ったよね?!」
美晴より怖いものがある創真に問い詰められて、瑞貴は半泣き。
「だから『たかが手を繋いだ位でヤキモチ焼くな』って。後『ライブ終わったら電話してね』って…」
へうへうと、言う瑞貴に益々にっこりと笑う創真。
目が笑ってない所か光ったのは気のせいだろうか?
「ね〜みずっきー。どっちの手で繋いだの?手出して?」
恐る恐る繋いだ手を差し出すと、その手を握る創真。そして、あり得ない位の力で瑞貴の手をスポンジをギュムッと掴むような感じで掴んだのだった。
「痛たたた!!い、痛い痛いーーーー!!ギブ、創真ギブ!!」
「創真!!ちょっタオルタオル!!」
「違うでしょ!!はー君何してんの!大事なライブ前に手を怪我させちゃ駄目でしょ!!止めなさい創真君!!」
急な事に慌てふためく中、疾風が投げたタオルで創真はやっと気が済んだのか瑞貴の手を離した。
「ぷ、プロレスじゃないんだから…」
へたり込む美晴。
「ふん、みずっきーだからそれ位なんだからね。俺より先に沙穂に逢うなんて、万死に値するよ」
「へ、沙穂?」
「そうだよ!!」
「沙穂って…確か創真君がベタ惚れしてる彼女さんよね?」
「紹介しろって言っても、本人曰く『滅相も無い』って頑なに拒み続けてるあの子だよな?」
「瑞貴…お前は本当に変に運がいいよな」
「あんた、一度ならず二度までもオイシイ思いしやがって…」
「な、なんだよ〜、皆怖い顔して…止めろよな〜ライブ前なんだぜ!!演奏の出来ない身体になったらどうしてくれるのっ?!」
「…ちっ、確かにライブに差し障りがあったらファンの子達に申し訳が…」
「そうだね」
「…ふっ、何言ってんのよ皆。ライブが終わったら仕事に差し障りが無い程度にタコ殴りにすればいいのよ」
「おおっ、美晴さんナイスアイディア!!」
「あはは、覚悟しておいてね、みずっき〜」
「……」
瑞貴の受難の日はいつまでも続くようである。